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たぬき座上映記録 №71 「守護神」

ケビン・コスナー主演 アシュトン・カッチャー

JackもBettyさんもケビン・コスナーが好き。Bettyさんは声だけでケビン・コスナーだとわかる。沿岸警備隊の伝説的なレスキュー隊員のお話し。訓練の場面は楽しい。知らないことが繰り広げられるから。でも全体のお話しのつくりはJackが予想している範囲でしか、できごとは起こらないので、あまり感激することはない。

Jackはレスキュー隊員にはなれないな。こんなに献身的に仕事に打ち込む男がなぜ奥さんに逃げられてしまうのか。これは女性がおかしいのではないか。   成績表 ★★

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たぬき座上映記録 №70「ラッキーナンバー7」

豪華な配役にだまされてはいけない。ブルース・ウイリス モーガン・フリーマン ベン・キングズレー ジョシュ・ハートネット この若い人はよく知らないが一応主人公。途中までは何が何だかさっぱりわからない。Bettyさんは眠くなったようだ。見終わってわかることは、これは仇討ちのお話しであったのだ。忠臣蔵だって仇討ちだが、筋がわかっていてもはらはらどきどきするものですが、この映画にははらはらどきどきがない。どのようにして仇討ちをしようとするのかという部分を省いているのだ。映画あまりひねりすぎるとおもしろくなくなるということだと思う。

成績表 ★★       Bettyさんが眠くなるような映画なのだ。

1勝2敗

8月29日

ほぼ1ケ月ぶりにテニスをする。結果は2-6 5-6 4-3で1勝2敗でした。一番うれしかったことは脚が動いたことです。辛口のBettyさんも「JACKは今日はよかったね」といいました。テニスをやっていたことが、4日間歩くことができたことにつながっているし、山を登るために脚を動かしていたことが、テニスでの動きのよさにつながったようです。これは新しい発見です。第2試合はBettyさんと組んで5-6、これは勝ったもどうぜんだねと二人で話しました。レシーブをクロスに返して、来たボールをボレーでセンターに決めることができた。これは近頃かなりの確率でできるようになっている。3試合目は相手の強いサーブに苦しめられた。早いサーブが苦手だ。でもセンターに深いボールを打つことができた。これはやっているうちにこういう時はどこに打てばよかったのかなと考えているうちに思い出したのです。

しばらくやっていないとこういう勝負勘のようなものが鈍ってくることがわかる。9月になったら、どんどんテニスをやるぞ。

中房温泉

8月26日 我々は中房温泉に宿泊した。山を降りると温泉に入って汗を流すというのが、このグループのやり方である。4日も同じものを着て行動しているので、その臭いは強烈である。虫などもこの臭いに吸い寄せられて集まってくる。日本秘湯を守る会に所属する温泉で、いろいろな風呂があり、その上料金が山小屋並みというからこんなに我々向きの旅館はないであろう。不老の湯という風呂が大きくてせいせいしていてよかった。宴会で我々はこの旅館が貯蔵していたワインを全部飲んでしまった。というとものすごく飲んだように誤解されるが、赤1本白2本のたった3本である。しかも1本3000円もしたのだ。

27日帰ってきてから、焼肉屋で打ち上げパーティーをやった。最後に誰が言うのでもなく「この縦走が終わると1年が終わったように感じるね」「明日から新しい1年の始まりだね」という話になった。みんなで握手をして別れた。そのときみんなの瞳が1瞬うるんだように見えたのはJackの勘違いだろうか。すばらしい縦走をありがとう。Jackはみんながいたから頑張って登ることができたのだ。

北穂高山荘→涸沢岳→穂高山荘→奥穂高岳→紀美子平→岳沢ヒュッテ→上高地

8月26日。今日もよい天気。こんなに晴天が続くなんて奇跡的なことだ。朝食を作ってもらって、小屋を午前5時に出発。日の出はまだ。明けの明星が東のそらに輝いていた。これをこんなにはっきりと見たのは何年ぶりのことだろうか。涸沢岳にかかる。これが大キレットに勝るとも劣らない難所であった。また冷や汗の連続である。鎖場と梯子が続く。でも昨日の経験があるので、少し冷静に足場や手をかける位置を見ることができた。涸沢岳の頂上から穂高山荘は目の前であった。小屋が大層きれいになっていて、びっくり。2000年にWilliamに初めて穂高縦走に連れてきてもらったとき、この小屋に泊まった。そのときは今回下る岳沢を登ってきた。小屋の前に長い長い梯子があったと記憶していたのだが、そんな梯子はなくなっていた。奥穂高岳には40分も歩けば到着した。ここから紀美子平までが遠かった。疲れてきたせいか、ものすごく遠く感じた。紀美子平で昼食。そして岳沢を下る。最初に降りる鎖場はなんとか覚えがあったが、登山道そのものが記憶にあるものとは全然違っていたので、記憶なんてなんと不確かなものかと少しびっくり。片側が切れていて、ものすごく怖い思いをして登ったとずっと思っていたので。もっとびっくりしたのは岳沢ヒュッテが跡形もなく消えてしまっていたこと。大雪のためだそうだ。2000年の登ったときこの小屋に泊まった。小屋に泊まるということも初めてだったので、印象に強く残っていた小屋だ。このときはJackは疲れが脚にきてしまい、穂高山荘からザイテングラードを経て涸沢に下るとき歩けなくなり、荷物をWilliamに担いでもらったという苦い思い出がある。岳沢ヒュッテから上高地まで1時間30分。これも長かった。でも思う。いい山は里に近いところになんかないのだと。河童橋でAlfredと再会。梓川の冷たい水で膝をひやしたのでだいぶ快方に向ったとのこと、。よかったよかった。今回こうして4日間歩き通すことができた。軟弱者のJackとしてはこれがなによりもうれしいことである。                

槍ヶ岳山荘→大キレット→北穂高山荘

8月25日 今日も晴天で絶好の登山日和である。今日はJackの誕生日。もし大キレットで滑落するようなことがあると、誕生日と命日が一緒になってしまうのであるが、そういうことだけはどうしても避けたいと思った。この日の朝Alfredが膝が痛く、大キレットはとても越えられないと槍沢を下っていき、26日に上高地で合流することとなった。一緒に行動できないのは寂しい限りである。

南岳小屋を過ぎると次のような立て看板が設置されていた。「近年これより先の大キレットでは重大事故が頻発しています。大キレットは難易度、スケール共に日本屈指のハードなルートが続きます。今一度天候、体調、装備などを確認の上、事故のないように、気を引き締めて、無事に通過されることを願います。 南岳小屋」これを呼んで、緊張が高まる。Jackはよく言えば慎重で、はっきり言うととても臆病なので、一歩間違えば滑落してしまうような所は大の苦手である。難所を越えるときは、軍手の中の手が汗をかいているのがとてもよくわかった。そんなに暑くないのに、背中がびっしょりと濡れるほどの汗をかいた。鎖場も梯子もこわい。Robertが「怖いからと言って梯子にへばりつかない方が安全だよ」とアドバイスしてくれた。Willamはすいすいと難所を渡っていく。Jackはそれを見ながら必死で渡った。ナイフエッジと呼ばれる鋭い尾根も無事に渡った。A沢のコルで休憩。ここまで来ると北穂も近い。高い崖を迂回して裏に回ると、頭の上に北穂の小屋が見えた。大きな岩がごろごろした崖を岩を落とさないように注意しながら登る。小屋まで200mの文字。これは距離ではなく、高度だったようだ。ようやく北穂の小屋にたどりつく。北穂の小屋は大層混んでいた。着替えをしないで、みんなで生ビールで乾杯。みんな笑顔、笑顔であった。Willamが「僕はJackが落ちる夢を見たんだよ」と笑いながら話した。Jackも「このメンバーの中で落ちるならJackだなと思っていましたよ」と笑った。北穂の小屋のテラスから、槍ヶ岳が少し小さくなって見えた。

ついに大キレットを渡ったのだ。うれしさが沸々と沸いてきた。JACKとBenjaminは「もうこれで十分だね。」と言い、Mr&MrsSmithさんたちは「おもしろかったね。また来たいね。」と話していた。夕食後北穂高岳の頂上に登ると、ブロッケン現象を見ることができた。畳1畳より小さめの布団に二人寝るほどの混雑した中で、「今日は落ちなくよかった」と密かに安堵した。記念すべき誕生日となった。

大天井ヒュッテ→ヒュッテ西岳→ヒュッテ大槍→槍ヶ岳山荘→槍ヶ岳頂上

24日すばらしい好天です。目指す槍ヶ岳がくっきりと見えています。ヒュッテ西岳を過ぎていよいよ東鎌尾根に入ります。目指す槍ヶ岳が真正面に見えています。これから登る山の頂上をいつも見ながら登るという経験は初めてでした。「槍の穂先」とよく言われますが、本当に鋭く天に向ってそびえています。東鎌尾根からは槍沢がとてもよく見えました。はるか遠くに槍沢ロッジも見えました。2005年10月BenjaminとCharlesとJACKの3人で槍ヶ岳を目指さしたのですが、土砂降りの雨のため、途中から引き返した道なのです。周りの様子から判断するとかなり上の方まで登ったことがわかり、「もう少しだったね」とBenjaminと話しました。槍ヶ岳はどんどん大きくなり、私たちにせまってきます。槍沢を登る登山者の列が蟻の行進のように見えました。大槍ヒュッテで腹ごしらえをして、槍ヶ岳を目指しました。

槍ヶ岳山荘の前に荷物を置いて、槍ヶ岳の頂上を目指しました。頂上には登山客が大勢で、順番で記念写真を撮りました。山を登り始めてからいつかは登りたいものだと思っていた槍ヶ岳3180mの頂上に立つことができました。でも無理だろうと思っていたので、とてもうれしかった。ついに槍ヶ岳に登ったのです。

中房温泉→燕山荘→ヒュッテ大天井

8月23日から27日にかけて、槍ヶ岳~奥穂高縦走に行ってきました。リーダーはWilliam。頼りになるリーダーです。サブはWilliamの親友John。二人ともサッカーで鍛えたすばらしい肉体の持ち主です。メンバーは佐渡にも一緒に行ったAlfredとBenjamin、そしてMr&MrsSmithとRobertとJackの8人です。この8人とはここ数年、月に1回は一緒に山に登り、夏には縦走をしている気心のよくわかった楽しい仲間です。23日中央道の諏訪湖SAでは雨が降つており、天気はどうなるのかと不安気持ちにさせられました。でも中房温泉の燕岳登山口で歩き始める頃には雨が止み、青空がのぞき始めました。蒸し暑い中を燕山荘を目指して歩きました。途中長野県の中学1年生200人と出会いました。彼らは今夜は燕山荘に宿泊すると言っていました。あどけなさが残る可愛い中学生でした。僕はリーダーのWilliamのすぐ後について歩きました。いつもは列の後ろの方について歩くことが多いのですが、今回はちょっと考えることがあって、Willamの後を歩くことにしました。3時間ほど歩いて稜線にでました。そのころには空はすっかり晴れ渡り、写真のような青空が広がったのです。稜線にでると裏銀座の山々が手に取るように見えたのです。裏銀座は2005年に縦走したことがあるので、懐かしく鷲羽岳、双六岳、水晶岳、野口五郎岳等を眺めました。燕岳も目の前にありました。その日は大天井ヒュッテに泊まりました。脚が思いの外疲れ、これから続く縦走に脚が耐えられるだろうかと少し心配になりました。いよいよ明日は槍ヶ岳を目指します。写真の中央の山が鷲羽岳です。

白馬岳に登りました。

8月19日~20日で白馬岳(2932m)に登りました。BenjaminとAlfredと奥さん、JackとBettyさんの4人と他の6人、計10名のパーティです。案内は白馬登山案内人組合のガイドさんがしてくれました。宿泊は山荘開設100周年を迎えた山頂近くの「白馬山荘」でした。コースは

19日 白馬村ー猿倉ー白馬尻ー白馬大雪渓ー白馬山荘(泊)

20日 白馬山荘ー白馬岳山頂(2932m)-三国境ー小蓮華山

乗鞍岳ー白馬大池(2380m)-ロープウェイ栂池高原駅ー白馬村 でした。

雪渓をアイゼンをつけてこんなに長く歩くことは初めてでした。

生ビール 生ビール

写真は白馬大池です。水のきれいな池でした。このあたりから岩のごろごろした沢を下り始めました。白馬岳登山も最後の直線に入ったという感じです。山でも自転車ツーリングでも同じなのですが、終点が近くなると、水分を取るのを控え、私たちの合言葉は「生ビール 生ビール」となります。早く里に下りて、「生ビール」で喉を潤したいと強く思うのです。その気持ちが「生ビール コール」となります。白馬山荘には素敵なレストランが隣接していて、そこでおいしい生ビールをいただきました。普段なら飲まないBettyさんまで一緒に生ビールで乾杯しました。ホテルに着くと我々は、荷物の片付けもそこそこに、風呂に直行して、汗を流しました。そしてフロントで、どこか「生ビールが飲めるところはありませんか」と聞くと、「近くにはありません。という非情な答え。「どこか「ビールが飲めるところはないの」と聞き返すと、近くのたこ焼き屋さんを教えてくれました。この店はいい店でした。そこでキリンラガーで乾杯しました。生ビールではなかったけれど、このビールはうまかった。山の上には生ビールがあって、里では生ビールが飲めないという現実は白馬村の何かを象徴している現象ではないか。そう思って村内を見ると廃業したらしい旅館、みやげ物屋さん、レストランが目につきました。里には生ビールを飲む人間がいないのだ。我々がいい気分で飲んでいると、突然BettyさんとAlfredの奥さんが店に飛び込んできました。「どうして私たちも誘ってくれないの」と。でもどうしてこの店がわかったのでしょうか。店の前を通りかかったら、聞いたことのある声がしたというのですが、女性の勘には3人ともびっくりしました。そして「これでは浮気なんか絶対にできないね」と話しました。楽しいひとときを過ごしました。

白馬岳は花の山である。

白馬岳は本当に花の多い山でした。お花畑がある山でもお花畑以外には花が少ないという山が多いが、白馬岳はいたるとこ花でした。歩くところ花だらけと言っても言い過ぎることはないように思う。でもこれは同行して案内してくださったガイドの方の力によるところが多い。彼は「まだ半分ですよ」と言っていたが、咲いている花の名前を次々と教えてくれました。道端に咲いている普通なら見過ごしてしまう小さな花の名前まで教えていただいたので、花だらけという印象になったのかもしれない。写真はチングルマ(左)と高山植物の女王と言われるコマクサです。

すばらしかった頂上からの展望

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見てください。この碧い空を。白馬岳頂上からは剣岳や八ヶ岳と富士山、そして槍ヶ岳などを見ることができた。深田久弥著の「日本百名山」には「展望がすこぶるよい」と記されているが、まったくその通りであった。頂上には50貫あるという山の方向を示す風景指示盤がどんと座っていた。小説「強力伝」のモデルとなった富士山の強力小宮山さんがかついで運んだ石だ。そういえば、宿泊した白馬山荘に伝書バトを今まさに飛ばそうとしている古い写真が飾られていた。あれはもしかすると風景指示盤の除幕式の日に放たれた伝書バトだったのかなと思った。すばらしい景観を楽しむことができた。北岳でみた景色と匹敵するものであった。ここから白馬大池までの稜線歩きは、心弾むものでした。道はゆるやかな下りだし、南斜面は鋭く切れ落ちているところがあるが、北斜面はゆるかなカーブを描き、なだらかな斜面が続いている。数年前に歩いた間ノ岳から農鳥岳までの稜線とよく似ているなと思った。Bettyさんはこんな道が大好きなのである。

孫のThomasが東京に帰った

Dsc00002_5Dsc00001_3  孫のThomasが東京に帰った。静かな日常が戻り、祭りが終わった田舎の村のような静けさが家中を覆っている。「おじいちゃん おんぶ」の声が聞こえないのはさびしいかぎりだ。孫のThomasがおもしろいのではなく、5歳の子どもはおもしろいと思う。「お勉強は嫌い」と公言してはばからないし、Bettyさんに楽譜を見せられたら、「目がちかちかする」と言って、ピアノの練習から逃げた。Jackが「字(ひらがな)を教えてあげようか」と言ったら、「東京で練習しているから」と言っていい返事をしなかlった。そんな彼も水の中ではカッパのように泳ぎ、回っていた。泳ぐと言ってもたかだた直径が2メートルほどのビニールプールでのことですが。毎晩花火をやり、ジェラシックパーク1、2、3のDVDを並んで鑑賞した。オセロでは「そこに打たないで」という拒否権を発動しては、JackやBettyさんを負かしていました。もう今は泳ぐ主のいないビニールプールが庭のかたすみで、夏が過ぎていくのを静かに見つめています。暑い暑い言っている間にも季節は移ろっていくのですね。今度はいつ会えるかな。

佐渡の民宿は安くておいしい

Dsc00017Dsc00008   あさてい 浜西荘 国見荘 安寿荘と4軒の民宿に宿泊したが、どの民宿も安くて、おいしくて、サービスがとてもよかった。毎晩ビールを10本程度と日本酒、焼酎を少々飲んで大体5人で4万円で収まっていた。この代金の中には宿泊代も朝食代を含まれている。5人で4万円ということは、一人8000円ということになる。本当にうれしい値段だった。その上カニが出たり、イワシのさしみ、黒鯛のさしみなど普通は味あうことができないものを賞味することができた。夕食においしいものをいただけるのは自転車ツーリングの楽しみのうちにひとつであろう。サービスといえば、焼酎が飲みたいというと酒屋まで買いに走ってくれた民宿もあったし、井戸水をペットボトルに入れて凍らせ、次の日持たせてくださった民宿もあった。この水はかすかにレモンの味がした。いろいろと気を遣ってくださった民宿のみなさん、ありがとうございました。

名プランナーBenjamin

Dsc00003 Benjaminは名プランナーである。今回の計画も全部一人で企画し、問い合わせをし、資料を佐渡観光協会から取り寄せ、切符を購入しするなど佐渡一周自転車ツーリングのすべての準備をしてくれた。そしてツーリングが始まれば、ガイド兼会計係兼渉外係を務めてくれた。今回のツーリングの成功は100%彼の尽力によるものです。

彼の計画には隙がない。元気な1日目には長い距離を走り、2日目は美しい景観を楽しみながらゆっくり走り、最終日はお土産を買ったり、自転車を荷造りする時間を勘定に入れて走る距離が設定されている。またただ走るだけでなく、そこで何を見るかまで適切に選定されている。彼が事前にネットの地図上で測定した距離と実際に走った距離との間には数キロ程度の誤差しかない。これにはJACKは驚いている。朝彼が「今日は何キロ走ります」というとその数字に信頼がおけるので、今日は長いなとか、これくらいならがんばれるなと思い、走る心構えができるのだ。JACKは彼のこのプランを売ってどうですかと勧めるくらい、うまくできているプランだと思う。おかげで今年もまた楽しいツーリングを楽しむことができた。とても感謝している。

彼は歴史や地理についての造詣が深いので、一緒に旅をすると学ぶことがたくさんある。そして彼はもう次の計画の構想を練っている。今一番の候補は能登半島である。

佐渡金山

Dsc00016 佐渡金山。県道45号線から約2キロ登ったところにありました。この坂は大変急でJACKはマウンテンバイクで登りきることができず、自転車を引いて歩いて登りました。坑道に入ると天然の冷風がほてった体に心地よく、疲れを忘れさせてくれました。佐渡金山というと江戸時代と考えてしまいますが、平成まで掘り続けていたという事実にはびっくりしました。江戸時代の組織表をみるとこれはまさしく株式会社ではないかと思うほどでした。生産された金は昭和が一番多く、その大部分は太平洋戦争で消費されたのかな。江戸時代ここで働いていた無宿人の数は正確に記録されており、そんなに多くなかったというのも意外な感じを受けました。

佐渡にはヒマワリがよく似合う

Dsc00009 佐渡のいたるところにヒマワリが咲いていました。濃いエメラルドグリーンの海をバックに咲くヒマワリ。印象派の絵のように旅する者を慰めてくれました。満開はこれからかなと思いました。

Dsc00021_5

マウンテンバイク

        Dsc00020                      Dsc00022                    Dsc00019_3    この5台が今回のツーリングに使用されたマウンテンバイクです。JACKのマウンテンバイクは上の写真の真中のものです。アメリカのトレック社の製品です。JACKのマウンテンバイクにはスピードメーターもなければ、距離計もついていません。BenjaminやAlfredのマウンテンバイクにはサイドミラーまでついています。上の写真の一番右のマウンテンバイクが我々の自転車やトレッキングのリーダーであるWilliamのものです。変速機とギアの価格とJACKの自転車1台分の価格が同じだと話していました。彼は自転車のメンテナンスなども全部自分でやってしまいます。彼は今回初めてこのような我々のツーリングに参加しました。その感想をJackが聞いたら「風の音を聞きながら、風を切って走るのはとても爽快で気分がいいですね。その上好きな自転車に一日乗っていられるのですから、最高ですね。」と語っくれました。本当に自転車に乗ることが好きなんだなと感じて感動しました。趣味もこの境地まで到達すればたいしたものだなと思います。JACKはまだまだです。                         Dsc00021                                    

佐渡の海は美しい

Dsc00007_2Dsc00019  佐渡の海は大層美しい。透明度が高く、色が鮮やかである。その上ゴミや漁船の油が浮いているようなことはまったく目にすることがなかった。発泡スチロールなどのビニール系のゴミもほとんどなかった。これは佐渡に住む皆さんの努力と環境(海)に対する意識の高さによるものではないかと感心するばかりであった。漁港には漁港特有に臭いがつきものであるが、そんな臭いもしなかつた。JACKは臭いには敏感な方で、特に魚臭い臭いは苦手なのであるが、海岸線をツーリングしていて、そういういやな臭いを感じることがなかったのは、驚きでもあったし、うれしいことであった。佐渡の海は大層美しい。                                             

佐渡一周250キロ走破

8月6日(月)から昨日の11日までかけて、佐渡一周自転車ツーリングに行ってきました。

6日は午前5時38分藤枝を出発、在来線を乗り継ぎ、直江津からフェリーで佐渡小木港に渡りました。小木の民宿に到着したのは午後7時頃でした。11日はその逆で帰ってきました。

主に県道45号線を走り

      7日 小木ー達者    75キロ

      8日 達者ー願      47キロ

      9日 願ー新穂正明寺  62キロ

     10日 新穂正明寺ー小木 66キロ    合計 250キロを走破しました。

佐渡は大きな島でした。 

こてんこてんでした。

8月4日 夕方からテニスをしました。今日は上手な人が多いクラブなので、こてんこてんでした。結果は 0-4 1-4  1-4 4-3 1-1 1勝3敗1分でした。ボールが速い。そのスピードにいつも押されていました。なので返るボールが浮いてしまい、相手のチャンスボールとなり、それを確実に決められるという展開でした。打つ手がないという感じでした。どうすればよいのかじっくり考えたいと思いました。これでテニスはしばらくお休みです。来週は佐渡自転車ツーリング、次の週はお盆、次の週は白馬登山 最後の週は表銀座縦走と続きますので、テニスはお休みです。 

ひ孫のAnneさんのために

孫のAnneが2007年7月10日に生まれた。まだ生まれてばかりだ。JACKとBETTYはもう2回ほど会いにいったが、母のScarlettはまだ会ってはいない。東京までの長いドライブに彼女の腰は耐えられないのです。その彼女はこのごろ編み物に夢中。ひ孫のAnneのためにせっせと編んでいる。ちなみに彼女は1914年生まれの93歳。人を元気づけるものそれは人であることを実感する。暮にはAnneも少しは大きくなって、我が家を訪れることをScarlettはとても楽しみに待っている。お盆にはAnneの兄、Thomasが一人で1週間遊びにくる。これもまた楽しみである。また成長した彼はどんなことを話してくれるのだろうか。

ペチュニア(見事に咲いたマジェンタインプ)

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今年ペチュニアのマジェンタインプがとてもよく咲きました。夏になってまたきれいに咲きだしました。ピンチする要領がわかったことが株が大きく育ち、垂れ下がるようになった理由だと思います。木の下に下げたり、軒に下げたり、ウォールバスケットに植えて楽しいでいます。

スポーツ刈り

佐渡自転車ツーリングの準備の一環として頭をスポーツ刈りにした。床屋のおじさんに「スポーツ刈りにしてください」とお願いしたら、「スポーツ刈りですか。私のような髪型にするのですか」と語気強く確認された。Jackは迷わず「そうです」と答えた。

この写真はまるで映画の犯罪者の顔写真の一枚みたいですね。自分の頭の後ろの部分をこんなにしげしげと見るのは初めてです。白髪と黒髪が交互に生えていて、ちょっと見ると虎刈りのように見えますね。昨年ネパールに行ったとき、スポーツ刈りにして、快適だったので、今年も夏になったらこれにしようと決めていたのです。でも今困っているのはこの頭で今日はお葬式に行かなくてはならないのです。この頭で昔の知人に会うのは避けたい気分です。Bettyさんは「少し若くなりましたね」といい、母のScarlettは「20は若くなったわよ」と言いました。親ばかもここまでくるとあきれてしまいますね。

三連敗(テニス)

7月31日は三連勝したと言うのに、7月2日は三連敗でした。結果は 3-6 5-6 1-6でした。最後の試合は力の差がかなりあったので、当然の結果ですが、相手がBettyさんなので少し悔しい気持ちですね。惜しかったのは、5-6で負けたゲーム。この試合も相手にはBettyさん。最初Bettyさんの上をロブで抜こうとして何本も失敗して2ゲームを連取され、そこから作戦を変え、センターを中心にクロスにしっかりと打つことにしたら、4-4となり、5-4とリードしたのです。ここでJackがチャンスボールを続けて3本失敗して、5-5になってしまったのです。このゲームがポイントでしたね。

チャンスボールをミスすることがとても多いのです。これが決まる確率があがれば、もう少し勝てるようになるのでしょう。

ペチュニア 切り戻しに失敗

5月16日にウォールバスケットの定植したペチュニアが7月の梅雨の季節の雨に打たれて、見るも無残になってしまったので、切り戻した。でも切り戻し方に問題があったようで、その後ちつとも新しい芽が出てこない。芽が出ないどころか、枝が枯れ始めてしまった。切り戻しに失敗してしまったようだ。幸い2階のベランダに下げておいたウォールバスケットは切り戻しがうまくいき、新しい芽が出てきている。

これからは花が楽しみだ。

これが切り戻しに成功したペチュニア

たぬき座上映記録 №69 「マイアミ バイス」

この映画を観終わったとたん、Bettyさん「これはB級ね」と言ったのです。この言葉が 端的にこの映画の出来具合を表していると思う。またいつも思うのだが、意味のよくわからない英語を安易に映画の題名に使うことは避けてほしい。VICEとは辞書で引く「悪徳とか悪行」という意味のようです。それがわかるとなんとなく映画の題名の意味がわかります。刑事がマフィアの組織に潜入する映画なのですが、その潜入しているときに「いつばれるか」という「はらはらどきどき」がまったく感じられなかった。同じ潜入ものである「ディパーデット」はさすがによくできていた。はらはらドキドキの連続であった。

最後の銃撃戦も迫力なし。状況が見ている者によくわかり、さらに主人公たちが危機にあることが見ただけでわかなければ、主人公たちに「がんばれ」と応援する気持ちがうすくなってしまうと思う。なんだかよくわからないが銃撃戦があって主人公が生き残ったのだというのだとよかったなと思うものの感激がうすくなってしまうのだ。

たぬき座上映記録 潤・U8「海を飛ぶ夢」

スペイン映画。主人公ラモンは実在した人物のようだ。映画は尊厳死という難しい問題を取り上げている。このような重い問題を映画にしようと考えた監督や製作者は偉大だ。ホームシアターで見るには気力や体力が要求される映画だ。ラモンを毎日の生活の中でやさしくあたたかく見守る家族、年老いた父、弟をこよなく愛している兄、やさしい兄の奥さん、そして甥の4人に注ぐ監督のまなざしはとてもやさしいし、スペインの田園風景のなかで静かに描かれている。なのにラモンは尊厳死を選びたいという。

スペインの法律でもそれは許されていない、ラモンの願いを実現するために弁護士や市民団体が動く。ラオンを演じるバビエル・バルデムは寝たきりで顔だけで悲しき、怒り、喜びを見事に表現している。尊厳死は許されるべきことなのか、と見た我々にしっかりと考えよと訴えている。

佐渡自転車ツーリングの準備

8月6日(月)から友達4人と佐渡マウンテンバイクツーリングにでかけます。参加者はWilliam Benjaminn Alfred HaroldとJackの5人です。8月1日Williamのガレージに集まってマウンテンバイクを輪行バックにつめる作業をしました。Williamのガレージはアメリカでは「Kinngus House」と呼ばれる男の城なのです。ですからただのガレージではありません。また機会があった紹介します。そこでマウンテンバイクから車輪をはずし、ペタルもはずして、輪行バックに詰めるというか、包んでしまいます。写真が輪行バッグに収められたマウンテンバイクです。重さが大体18キロほどあります。これを近くのクロネコヤマトの営業所に運び、宅急便ではなく大和便という方法で佐渡に送りました。

運賃は1750円でした。これには少しびっくりし、うれしくなりました。でも去年仙台から送ったときは5000円ほどとられました。

夕方から佐渡ツーリングの最終打ち合わせということで4人で軽く一杯やりました。ちなみに5人の年齢を合計すると300歳になります。台風も去って月曜日からは晴天が続きそうです。ツーリングが楽しみです。

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