北海道産のトウモロコシを食べる

トウモロコシ

北海道からトウモロコシが届いた。送料無料に誘惑されて注文してしまったトウモロコシですが、「超高糖度トウモロコシ。北海道プレミアムトウモロコシ」という宣伝文句通りのトウモロコシが届いてびっくりしている。大きいだけでなく、柔らかく、甘みがあってジュシーなのだ。今だかってこんなにおいしいトウモロコシをJAMESは食べたことがない。値段は大体1本300円である。近くのスーパーに買い物に行ったついでに、トウモロコシの値段をチェックしてみたら、150円くらいだったので、ほぼ倍の値段である。いい値段である。トウモロコシに連なる思い出がある。母の実家は石巻駅からバスを乗り継いで2時間ほどいった新北上川沿いにある山間の小さな村である。去年平成大合併で石巻市となったが、昔は飯野川町馬鞍と呼ばれていた。。そこで小学生から中学生までの数年間の夏休みをここで過ごした。江戸時代の終わりごろに建てられたという大きな茅葺の家には祖父母と従兄弟の3人が暮らしていた。あと農業や家事を手伝ってくれる若い村の人がいつも出入りしていた。JAMESはお客様待遇なので、食卓では祖父のすぐ隣の特等席に座ることが常だった。北側の縁側で涼しい風に吹かれながら昼寝をし、昼寝からさめると従兄弟が今畑から取ってきたばかりのトウモロコシを祖母が大きな大きな釜でゆであげ、それを従兄弟や働いている人たちと一緒に食べた。そのときのトウモロコシの甘さを忘れることができない。今日食べたとうもろこしも遠く及ばないのではないかと思う。
馬鞍で過ごした日々はJAMESにとって忘れることのできない、遠い日の思い出である。JAMESが大学を卒業した年に祖父がなくなり、馬鞍にいくこともなくなり、従兄弟にも会うことがなくなった。一昨年自転車ツーリングで一関から仙台までの250キロを友達と走破した。そのとき新北上川の川沿いを走ることができた。昔と変わらず大きな川であった。大学2年のとき、この馬鞍で尾瀬に行く前の数日を過ごした。尾瀬に出かける日の朝、新北上川の堤防の上にあった八軒というバス停まで従兄弟が送ってきた。そして彼は財布から小さく折りたたんだまるで隠しておいたようにしまってあった千円札を取り出して、「JAMESお弁当でも買いなさい」と渡してくれた。千円は当時大金であった。非常に優秀であったにもかかわらず、彼は大学にもいかず、農業に従事していた。今考えると、その彼はぼんくらのJAMESが大学生活を満喫しているのをどのような気持ちでみていたのだろうか。でも彼はまるで兄のようであった。将棋を教えてくれたり、青年団の映画会に連れていつてくれたり、大きな座敷で卓球の相手もしてくた。彼の存在が馬鞍をJAMESにとって故郷にように感じさせてくれている。トウモロコシを食べる度に、彼を思い、馬鞍で過ごした夏を思う。


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JAMES一家夏の旅  梅小路機関車館で遊ぶ

8月20日
今日はいい天気です。午前9時旅館から梅小路機関車館目指して歩き始めました。Georgeはまた地図をThomasに持たせて、地図を見ながら進みました。驚くほどすぐに梅小路機関車館に着きました。駅にも梅小路機関車館に近い旅館を選んだようです。
40に近いGeorgeが小学2年生のとき家族旅行で来た時と2回目になりました。施設や展示が充実していてびっくりしました。
機関車館1
世界で一番最初の蒸気機関車ロケット号の模型です。JAMESは小学生の頃このロケット号について書かれた本を読んだことがあり、とても懐かしい気持ちで見入ってしまいました。その隣の部屋で昔の蒸気機関車の走る雄姿を撮影した昔の映画を上映していました。これもまた懐かしく見てしまいました。途中でThomasが飽きてきてしまったので、本物の機関車が展示してあるところに行きました。
機関車館2
これらの機関車では運転席に登ることができるので、Thomasは登り、いろいろなレバーを動かしては楽しんでいました。

機関車館4
煙を吐く蒸気機関車をしばらくぶりに見ました。黒光りした車体は力強く見えます。人類が造り出した多くのものの中で美しいものの一つかもしれませんね。この機関車が引くトロッコに乗って、短い短い汽車の旅を楽しみました。乗っていると蒸気機関車の雄姿を見ることができないのが残念です。機関車が強く汽笛を鳴らすとThomasは小さな手で耳を塞いでいました。煙突から流れてくる煙の臭いをかぐと、昔汽車の乗ったときのことをいろいろと思い出しました。母の実家に行くために東北本線に乗ったとき、手も首も鼻の中まで黒くなったことをThomasに話しました。
京都駅でおきやげを買いました。Thomasは自分のための記念になるものがなかなか見つからず、最後にやっと竹でできた水鉄砲を買いました。600円というお小遣いの中で気にいったものを買おうと努力している姿に心打たれるものがありました。Bettyさんと母にお漬物と「あじゃり餅」を買いました。JAMESは京都のおきやげは「あじゃろ餅」決めているのです。お弁当を買い込んで新幹線に乗りこみました。Thomasは新幹線もまっている間にサンドウィツチを1人前ペロリと食べました。食が細いことを心配していたのですが、これなら安心です。別れるとき、Thomasはちぎれるほど手を振ってくれました。楽しかったJAMES一家の夏の旅はこうして幕を閉じました。

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JAMES一家夏の旅 その2 福井県立恐竜博物館へ行く

8月19日
午前6時30分 モーニングコールで飛び起きて、朝食も食べずに旅館を出発。どうして福井へいくことになったかというと、孫のThomasが恐竜に夢中で将来は恐竜博士、彼の言葉でいうと「古生物学者」になりたいという夢を持っているので、日本一と言われる、福井県立恐竜博物館へ行ってみようとなったわけです。その夢はそろそろさめようとしていますが。
京都発7時38分発のサンダーバード1号に乗り、福井に着いたのが9時丁度でした。福井に着いたら雨が降り出していました。コンビニで大人用には傘を買い、Thomasには簡易レインコートを買いました。それから越前鉄道へと乗り換えました。
福井1
1両編成のワンマンカーでした。
福井2越前鉄道
福井駅を発車したときは満席に近い乗客がいました。女車掌さんが乗っていました。途中無人駅が多いため切符を売っていました。あと観光客のための案内もしていました。
福井3
永平寺に行く観光客が降りると乗客はこんなに少なくなりました。
終点勝山駅に到着。駅のプラットホームには恐竜の足跡。Thomasは早くも興奮気味です。
福井4
駅を出るとイグアノドンの大きな模型が歓迎してくれました。
福井5 イグアノドン
駅は大正時代に作られた建物で、県の文化財になっているとタクシーの運転手さんが説明してくれました。駅を降りたのは二組の親子とあと数人でしですから全部で10人足らずということになります。
福井6
雨がショボショボと降ってきました。タクシーで「かつやま恐竜の森」へ向かいました。
福井7
ここでThomasが期待している、目玉の活動「化石掘り」が始まるのです。ゴーグルとハンマーとたがねを貸してもらって、いよいよ開始です。福井竜の化石が発見された地層をここに持ってきてあるようです。ですからもしかするとものすごい化石が発見される可能性もあるのです。珍しい化石が発見されたときは、化石は博物館のものとなり、持ち帰ることはできないという説明がありました。
福井8
こんなに大勢の親子が化石探しに夢中でした。Thomasは貝化石を3つ見つけました。気がうつろい易いThomasですが、みっちり1時間以上化石探しに熱中していました。
昼食後、隣にある福井県立恐竜博物館を見学しました。外から見るとドーム球場のように見える巨大な建物です。展示がこんなに充実している博物館を始めて見ました。東海大学自然史博物館や国立科学博物館の恐竜の展示はとても足元にもおよばないと感じるほど見事なものです。
福井9

福井10

福井13

福井14
この首の長い恐竜の実物大の模型を展示するために天井の高いドームがつくられたのですね。ここでは声がよく反響するので、3人でいろんな声を出して遊びました。Thomasだけが音声ガイドをレンタルして、説明を聞きながら見学しました。
福井15
こんなに大きなアンモナイトの化石もありました。

福井

福井18
写真が暗いのは館内フラッシュ禁止されているからです。
お盆の頃は入場制限されるほどの観光客がつめかけたようです。駐車場もいっぱいとなり、周辺の道路では渋滞がひどかったとタクシーの運転手さんが教えてくれました。冬になるとここは雪がかなり積もるようです。
福井19

広い館内を歩いたので、疲れてしまいました。勝山駅から福井までの越前鉄道の中では3人とも熟睡してしまいました。
京都に帰る特急サンダーバードの中で、Thomasが記念買ってもらった恐竜のおもちゃで遊んでいます。
京都に着くと夕方の茜色の空に京都タワーがすっくと立っていました。
福井20
Thomasが寝たあと、でコンビニで買った中くらいにおいしいワインを二人で飲みました。夕食は牛肉のシャブシャブでした。肉が二人では食べきれないほどありました。おいしくいただいたのですが、後で考えるもしかするとあれはアメリカ牛ではなかったのかと疑ってしまうほどたくさんありました。その晩何を話したのかは今は何も覚えていないのですが、気持ちよく酔ったのは確かです。朝早くから行動した長い長い一日がこうして終わりました。


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JAMES一家夏の旅 その1

息子のGeorgeから「夏に一緒に旅行に行こう」と誘われ、孫のThomasの3人で、京都、福井に行ってきました。
8月18日(月)
静岡駅でひかり365号10時15分発に乗ると、Thomasが笑顔で迎えてくれました。Georgeが新幹線の中でThomasが飽きてしまったらどうしようと心配していたので、JAMESは「NINTENDO DS」の「なぞときクイズ」を用意していきました。彼の家ではゲームはまだ許可されていないので、JAMESのうちに来た時、このNINTENDO DSで遊ぶのをとても楽しみにしていたからです。クイズが出題され、それに答えるという簡単なゲームですが、彼はうれしそうに取り組んでいました。分からない問題があると隣に座っているJAMESを飛び越して「お父さん これは何に」と父親に聞くのです。JAMESだってわかるのですが、彼にとっては父親が絶対なのですね。京都駅でお昼を食べて、旅館まで歩きました。歩いていける位近いところに旅館がありました。Georgeは小学1年生のThomasにも地図を見せて、現在位置や旅館の位置を教えています。旅館に荷物を置いて太秦映画村を目指します。
京都3
四条大宮駅から路面電車に乗りました。10年ほど前に乗ったことがあるので、とても懐かしかった。
京都2
映画村は昔とあまり変わらぬ姿でそこにありました。でもお客も少なく寂れた感じがしました。我々にとってはお客が少ないというのは何もするにも楽でしたから、ラッキーという感じですね。芝居小屋で殺陣の実演を見ました。やっぱりプロは凄いと思いました。目にもとまらぬ速さで立ち回り、剣をあやっていました。Thomasも堪能したようでした。この日は暑かった。3D劇場で立体映画を見ました。特殊な眼鏡をかけてみました。椅子が映像に合わせて上下したり、振動したりしました。映像が目の前にせまってくるので、Thomasと二人で思わず手を出してふれようとしてしまいました。
京都1
あとテレビで活躍したヒーローたちを見てまわりました。Thomasは興奮ぎみで走り回っていました。
夜はThomasの就寝時間である9時には3人で枕を並べて寝てしまいました。コンビニで買った安い割にはおいしいワインがまだ残っているというのに、早々と寝てしまいました。

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お地蔵さんに提灯を奉納する。

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JAMESが住んでいる地区には、昔からのお地蔵さんがあり、8月25日近辺の日曜日にお祭りが開かれる。部落に若者が大勢いた時代にはこのお祭りを青年団が運営していたようだ。1ケ月くらいかけさまざまな準備をして、かなり盛大に行われていたようだ。JAMES一家がここに住むようになった頃には、そんなに盛大に行われていたという記憶がない。部落の人たちもこのお祭りをすごく愉しみにしていたようだ。お祭りの日には、山の中腹にあるお地蔵さんのお堂から、県道まで子どもたちの名前が入った提灯が飾られる。もう大人になってしまった人たちの古い古い提灯から生まれたばかりの子どもたちのま新しい提灯が飾られる。夜この提灯の中にろうそくや電球が入ると、赤い提灯が暗い夜の中に浮かび上がる。3年前このお祭りに役員として運営に携わり、夜赤くともる提灯を見て、提灯を奉納して子どもたちの無病息災と健やかなる成長を願った多くの人たちの尊い気持ちに触れたような気がした。JAMESは無神論者ではないが、あまり神仏に手を合わせたりはしない。でも孫のためなら何でもするというか、健やかな成長を願わずにはいられない。そこで3年前にはThomasのために提灯を奉納し、今年はAnneのために提灯を奉納した。Thomasのときと同じ大きさの提灯を注文したのだが、2000円も高くなっていた。少しびっくりですね。27日のお祭りの日には、この提灯はお地蔵さんの一番前に飾られるであろう。いつの日にか、ThomasとAnneと連れ立ってお祭りで飾られた提灯を見たいものだと思っている。そんな日がいつか来ることを楽しみにしている。

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能登MTBツーリング その5 8月4日 

いよいよツーリング最終日です。民宿を出発して、昨日泳いだ八ケ崎海水浴場を通りこして、能登島を横断するようにして、「のとじま臨海公園水族館」を目指しました。この道は長い長い上り坂で、今回のツーリングの中では一番の上りでした。今回のツーリングのためにJAMESは装備を充実しました。その1は自転車につけて荷物を運ぶバッグを新しくしました。
バック
たくさん荷物が入るし、自転車も安定をしてとても楽なツーリングとなりました。昨年などはかなりの荷物の入ったザックを担いで自転車をこいでいましたが、それをしないですむようになったのです。
その2
バック2
Williamがつけていたのを見て、「ほしいな」と思ったバッグです。自転車を降りたとき手袋やサングラスを入れておくことができ、忘れ物を防ぐことができました。また財布などの貴重品を入れておくのにも大変重宝しました。これは台湾の自転車屋さんで購入したものです。BenjaminもAlfredも同じバッグを持っています。
その3は自転車につける水筒です。
水筒
みんなは自転車を購入したときから、このような水筒を自転車につけていました。JAMESは今年ようやくこれも装備しました。簡単に水分の補給ができてこれもよかったです。水分の補給の仕方も以前はガブ飲みをして胃の調子をおかしくすることがあったのですが、今年は少しづつ何回にも分けて飲むようにしました。これもよかったことです。
もう一つよかったのは、「くるぶしソックス」を履いたことです。
くるぶしソックス
2日目はテニス用の普通の長さのソックスを履いていたら、足首の部分に汗がたまり、一日でその部分に汗疹が一面にできてしまいました。「くるぶしソックス」だとそういうことがありません。これもよかったことです。
能登の稲
能登の稲です。穂がでている田も多く、もうすぐ収穫だなと思いました。日差しは強いのですが、風には秋の気配を感じました。その風の中を走るのはなかなか気持ちのよいものです。
長い長い坂を上って水族館に着きました。ここには大勢の子ども連れの観光客がおり、少し安心しました。イルカのショーをまたかき氷を食べながらみました。
水族館1

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水族館3
イルカのジャンプ力のすごさにただびっくりするばかりでした。

散歩するペンギン


園内をペンギンが散歩していました。
能登の海2
この日は曇っていたので、海もまたくすんだ色をしていました。
お昼頃、和倉温泉駅に到着。ついにツーリングも終点に着きました。駅前のレストランで食べたカレーがおいしいかった。毎晩の魚料理もおいしかったのですが、少し魚の匂いが鼻についてきたの洋食系のものが食べたかったのです。
民宿「しまさき」

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能登MTBツーリング その4 8月3日

ぼら待ちやぐら
この日は大変暑い日でした。海岸をしばらく走ると「ぼら待ちやぐら」がありました。網を海底に沈め、その上にぼらの群れが乗るのを待つという大昔の漁法だそうです。ぼらは音に敏感なので、櫓の上の人は音を立てないように気をつけていたのでしょう。気が遠くなるようなゆったりとした時間が流れていた時代だからできた漁法ですね。
警察署
昨日Alfredが路上に落ちていたデジカメを拾いました。それを届けるために警察署に立ち寄りました。警察署の中はガランとしており、管理職とおぼしき警察官が見た限りでは暇そうに腕を組んでいました。僕たちが警察署の前に駐輪しようとしたとき、「どうかしましたか」と若い警察官が飛び出してきました。事件かなと思ったのでしょうか。3ケ月経っても持主が現れないときは、Alfredの物になるそうです。ここから能登島を目指して走りました。
能登鉄道
途中能登鉄道沿いを走りました。廃線になっていると聞いていたので、線路を記念にと写真に撮りました。そしてしばらくしたら1両だけの電車が勢いよく走っていきました。ここはまだ廃線ンになっていない区間だったのです。線路上に登って写真を撮りましたから、あやうく電車にはねられるところでした。ツイン ブリッジ
お昼前にツイン ブリッジに着きました。これを渡ると能登島です。ここでお昼を食べました。ここはからは海もよく見え、公園のように整備されていました。でもここには食堂兼みやげ物を売る店が1軒あるだけでした。能登は観光に力を入れていつようですが、訪れる観光客はあまり多くないようです。自転車で走る我々にとっては観光客が少ないということは、道路がすいていて走りやすいので、大歓迎なのですが、これではここで生活するみなさんは大変だろうなと思いました。ここでJAMESは牛丼を食べました。数年前までは牛丼のようなご飯に汁がかかった食べ物は苦手で、ほとんど食べなかったのですが、なぜかこの頃は好きになりました。お店の方に「ご飯少なめに、肉を多めにお願いします」と言ってしまいました。
ツイン ブリッジから見た海
ツイン ブリッジから見た海です。晴れた日の海がきれいに見えるのは、青い空を写しているからだとJAMESは思っているのですが、本当でしょうか。下をみるとこわいので遠くの海を眺めました。きれいな海でした。
民宿に早く着いたので、近くの海水浴場に泳ぎに行くことになりました。JAMESは海で泳ぐのはあまり好きではないので、泳ぎません。
10分も走ると八ケ崎海水浴場に着きました。
八ケ崎海水浴場1

八ケ崎海水浴場2

ここは立派な海の家があり、いろいろな設備も完備していました。でも海水浴をしている人は50人はいたでしょうか。遠浅で波も静かで水もきれいでした。でも泳がないJAMESにとっては耐え切れないほどの暑さでした。かき氷を食べて暑さをしのぎました。みんなは気持ちよさそうに泳いでいました。
海水浴になぜか万国旗が風に翻っていました。万国旗は小学校の運動会というイメージがJAMESにはあるので、ちょっとびっくりしました。この日は54km走りました。




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能登MTBツーリング その3 8月2日

民宿 漁師の家
夕べ泊った「民宿 漁師の家」です。昨夜魚の水揚げの作業が終了したのが、午後11時頃で、帰宅してお風呂に入って床に就いたのが午前1時頃、おばあさんは午前5時に起きてさざえを採りに出かけたそうです。こういう勤勉な人たちが日本を支えているのですね。
民宿をでるとすぐに長い長い上り坂がありました。ギアの調子がよくなったので今回は割りと楽に登ることができました。
鉢ケ崎海岸
しばらく走って海岸にでました。人影もまばらです。若い人はあまり見かけませんでした。ほとんど家族連れでした。立派な海の家があり、そこで1年ぶり、佐渡以来となるかき氷を食べました。
かき氷
珠洲資料館
平安時代の末期からはじまったといわれるとても古い陶器ですが、室町時代に突然姿を消してしまった陶器がここ珠洲で造られていたのだそうです。この陶器は日本海沿岸の各地で使用され、遺跡からこの陶器の破片が発見されているそうです。釉薬を使わないため、黒色や灰色のざらざらした渋いところがこの陶器の特徴です。かなり大きな壺などが展示されていました。この資料館もがらがらでした。

アロデスムス
この資料館にはアロデスムスの全身骨格が展示してありました。アロデスムスはアザラシのような哺乳類のようです。珠洲市の珪藻土の中から発見されたそうです。この地方では珪藻土がたくさんあるようで、町を走っていると、コンロを造っている工場を見かけました。

軍艦島
しばらく海岸沿いにはしると見附島が見えてきました。この島は形から軍艦島ともよばれています。このあたりの海岸を「えんむすビーチ」と呼ぶそうです。鐘も海岸に用意されていました。その鐘の下で記念写真を撮る若いカップルもありました。若くない我々もここで記念写真を撮りました。
とやん荘
甲(かぶと)にある民宿「とやん荘」までは遠かった。道を聞きながら走りました。あるところで道を尋ねたら、我々の姿をしげしげと見た人が「案外歳を取っているじゃん」と言われてしまいました。JAMESは「わかり」ました?」と答えました。あと10分、あと15分と言われながら走りました。結局この日は、77キロ弱を走り、午後5時30分ころ民宿に到着しました。

とやん荘部屋
とやん荘で食事をした大広間です。12畳の部屋が田の字に4つ通し間になるという大きな部屋で食事をしました。料理もなかなかしゃれたものが出ました。薄味な茄子の煮物はなかなか見事な料理でした。民宿でこのような料理がいただけるなんて、うれしい限りです。


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能登MTBツーリング その2 8月1日

いよいよツーリングの開始です。出発前に荷物を自転車に付けます。
汐鳴荘前
WilliamとBenjaminとGregoryは自転車用のTシャツを着用しています。いつ見てもかっこいいなと思います。JAMESは何とテニスウェアで自転車に乗るのです。通りの向こうには輪島名物の朝市が広がっています。出発前に自転車で覗きに行ってきました。
朝市1

朝市2
観光客はまばらでしたし、店を出しているのはお年寄りが多いなと思いました。そして8時30分に出発しました。うす雲が広がっており、風は秋風のように爽やかに感じました。
千枚田
白米の千枚田に着きました。山の上の方にあるとばかり思っていたので、こんなに海岸に近いところに千枚田があったので、びっくりしました。なので自転車であまり登ることもなく道の駅千枚田ポケットパークに到着しました。千枚田は実際には2400枚ほどあるようですから、千枚田の千枚はたくさんあるという意味なのですね。昨夜御陣乗太鼓も見にいくときここも通ったのですが、夜だったので何も見えませんでした。千枚田では大勢の農家の方々が畦の草を刈っていました。見ると大変美しいのですが、この景観を維持していくにはものすごい労力がかかっているのでしょうね。
名舟の海岸1

御陣乗太鼓記念碑
名舟の町を通りました。海の中に鳥居が立っていました。昨夜はここに山の上の神社からお神輿が担がれてきました。御陣乗太鼓大きなの記念碑が立っていました。
次に見学に立ち寄ったのは下と時国家と上時国家です。壇ノ浦で負けた平家一門の一人平の時忠の子孫が江戸時代に建築した大きな大きな民家です。時忠「平家にあらずんば人にあらず」という名言を吐いた人だということを能登から帰ってきて、ネットで知りました。
下時国家
見学者は我々しかおらず、案内の若い女性が自分のことのように誇りをもって語っていたのがとても印象に残りました。確かに大きな建物ではありますが、これに似たものは今までにいくつか見たことがあるので、そんなにはびっくりしませんでした。
上時国家
近くにある上時国家です。こちらにはびっくりしました。建物そのものも大きいですが、豪華なつくりにびっくりです。写真の玄関も立派なものですよね。二条城などにある格天井を持った部屋もありました。庭も見事なものでした。こちらには大勢の観光客が訪れていました。江戸時代でもお金持ちは京都と同じような文化の中で暮らしていたのかなと思いました。そして戦後の農地解放のあと、時国家はどのようにして今日まで生き延びてきたのか、とても興味がわきました。昼食後、海岸沿いに走り、碌剛崎灯台を目指しました。
塩田
途中に塩田があり立ち寄りました。この上に海水を撒き、濃縮し、さらに釜で煮詰めて塩を取っていたようです。お土産に塩を買いました。
道1

案内板
この辺りには自然遊歩道になっていて、遊歩道も設置されていました。でも自転車道はなく、車道を走りました。でも交通量は少なく、身の危険を感じることもなく、快適なツーリングを楽しむことができました。
碌剛崎灯台
灯台というには少し低いなと思いました。自動化されており、職員は常駐していないようでした。灯台の下には広い広い駐車場がありました。その駐車場には車はほとんどなく、周りの食堂やお土産ものを売る店も閉めていたり、廃業したような店が多く、寂しいものでした。

漁師の仕事
民宿「漁師の家」は灯台からすぐでした。民宿のご主人が夕方漁に出かけました。そのとき午後9時ごろ港に戻るので、魚の水揚げを見にきませんかと誘ってくれたので、みんなで見にいきました。写真に写っている3人が民宿の方です。手前のおばあさんは電動の車で移動していました。そのおばあさんも水揚げを手伝っているのです。この舟の隣でも同じように水揚げをしていましたが、こちらもお年寄りでした。農業だけでなく漁業でも後継者不足であり、高年齢化が進んでいるという事実をこの目で見ることができました。こういう深刻な状況を政治は変えることができるのでしょうか。風光明媚な景色に裏に隠されている真実を見た思いです。今日一日で52キロ走りました。

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能登MTBツーリング その1

金沢駅


7月31日から8月5日までの5泊6日で能登半島一周MTBツーリングに行ってきました。家を出発したのは7月30日の夜9時50分。そして静岡駅前の飲み屋で前夜祭をしました。メンバーはいつもの7人です。Benjamin William Alfred Mr.&Mrs.Smith Gregory とJAMESの7人です。生ビールで乾杯をし、焼酎やらワインやらとかなり飲みました。そして日付が変わり、31日午前2時9分発の「ムーンライトながら」の乗りました。座席指定をBenjaminが取ってくれてありましたから、全員座ることができました。この夜行列車がものすごく混んでいることにびっくりしました。ザックを背負った中高年の夫婦が多いように感じました。多分みんな我々と同じように「青春18キップ」で旅をしているのでしょう。飲んでいたのでJAMESはすぐに泥ように眠ってしまいました。金沢に着いたのがお昼ごろ。ここで昼食を食べ、北陸急行バスに乗り換えて輪島に向かいました。
輪島に着いたのが午後4時。すぐに自転車を組み立てました。夕飯には柔らかな能登牛が出ました。おいしかったな。
31日の夜名舟町で御陣乗太鼓が奉納されることがわかり、バスの乗って夜9時民宿を出発。名舟町では特設舞台が設置され、夜店も出て、お祭りはどこでも同じだなと思いました。先ずは子どもたちが担ぐキリコ灯篭が登場しました。
キリコ灯篭1
子どもたちが一生懸命に担いでいました。とても清清しい光景でした。これを担いで小高い丘の上にある神社まで登るのです。
キリコ灯篭2
地区のキリコ灯篭が勢ぞろいです。
子ども御陣乗太鼓
先ず小学生による御陣乗太鼓です。6人の子ども中に1年生が二人入っていました。打ち終わると見得をきる所作がとてもかわいいものでした。
御陣乗太鼓
仮面を被り、海藻でできた頭髪を被って太鼓を叩く姿は迫力に満ちており、見るものを引きずりこんでいきます。写真がボケたのが残念です。この日の御陣乗太鼓はみせるためのものではなく、神様に奉納するために演じられていましたから,迫力があるのは当然かなと思いました。基本的には一つの太鼓を二人で打ちます。一人が細かなリズムを休みなく打ち、それに合いの手を打つかのようにもう一人が違うリズムで打っていきます。そして途中で人が次々と交代しながら演奏が続きます。このようなすばらしい伝統芸能を間近に見ることができたのはラッキーでした。日程を組んだBenjaminに感謝、感謝です。見終わって民宿に戻ったのは夜中の12時頃でした。充実した1日でした。


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